Monday, May 15, 2006

D-K感想資料_14-20

D-K感想資料_14-20

■14□□□□□□
昨夜は、那谷寺の時のようなトランス状態にはならず、宇宙の断面図をみて、現実を認識した夜でした。
D-Kの、新たな魅力発見です。
 角島泉


■15□□□□□□
自分自身、理解するのに時間がかかり、じっくりと読んで分かりました。
光と影の演出、色彩の豊かさ、どれもあっと驚くような視界に広がる映像が印象に残りました。
 絵画なら額縁、映像ならTVなどの枠にとらわれない、すばらしい作品だと思います。
D-K conceptでもありましたが、「世界の無限性に気づかされる」「今ここに生きている」ことを実感させるの言葉が気に入りました。
世界の無限性があるように、人間にも無限性があると思います。
高坪 敦子


■16□□□□□□
”中詣”があまりにも素晴らしかったので失礼とは思いましたが、メールさせていた
だきました。
岩山に映し出される”DK”がこれほどまでに自分に(きっとその場にいた誰もに)影
響を与えるとは、本当に驚きでした。
そこには肌に浸透してくるような静かなエネルギーが充満していて、それに身を委ね
ていると体の重みがなくなり浮遊感のようなものを感じました。
自然、美味しい食事、静かな語らい-今思い出しただけでも恍惚としてしまいます。
夕方から朝までそのような中にいられて、とても幸せでした。
心にたくさんついた”油”が流されたような気がします。
私が持っている粗末な言葉ではとても言い尽くせません。
常事に煩わされ、曲がったり汚れたりしている自分を初期化してくれる-これは本当に”中詣”でした。
毎年繰り返し参加するものだと思いました。


■17□□□□□□
もう、すごいの一言です。昨年北陸4県のシンポジウムに招かれ、金沢に行き、城も見てきましたが、あの白壁が見事に様変わりしているのは圧巻です。D-Kのすごさ、現場で肌で感じたかったです。
 井上


■18□□□□□□
金沢城の櫓の不思議な色合い、50軒長屋のこれ又不思議な模様、など、本当に良くここまで考え出したものと感服です。光と音との醸し出すその雰囲気を、想像をたくましくして思い浮かべようとしましたが、現場にいなかったものには、難しいことなのだろうと思います。多くの方々の感想文を読みますと、その場で味わった衝撃を思い返して、更なる感動を味わっておられるようですから、広い空間の中で、自分自身の存在というものはどうゆうことなのかなどと、色々な想念にとりつかれたのではないかと考えます。D-kの映し出す映像を見、感動する自分を、我思う故に我あり、という哲学者のことばを思い浮かべつつ、見直したりしたのではないかと愚考しています。今度機会がありましたら、何とかその場に行き、体感したいと考えております。出来れば東京近辺でのイベントをやっていただければありがたいし、もっと多くの人たちに感動を与えられるのではないかとも思います。


■19□□□□□□
思いもよらず、メールを頂きびっくりすると共に、大感激しております。この間の講
演を聴きまして、映像というものの力の偉大さと長谷川様の哲学者のごとき(いや哲
学者そのものかも知れませんが)深遠なる理論とものの見方にびっくりしたのです
が、あらためて、じっくり那谷寺の写真を見ることが出来、感謝しております。加藤
さんの説明にもありましたが、10年間の模索と思考のご苦労の後、生み出した新し
い芸術なのだと思うと、やはり現場において鑑賞しなければ、真の姿・真の味は味あ
えないのかなと思います。多くの方がその感想で言われているように皆さん大きな感
銘を受けられたのだなと言うこと事が良く分かります。セーヌ川では、フランスの
方々もきっとびっくりされるだろうと思います。D-Kは、仏教の色即是空空即是色の
思想を空間に表現したものかとも思いますが、あまり難しく考えずとも「今」と「移
ろいゆくとき」を素直に感じることが出来れば良いのかとも思います。
人間のコミニケーションの方法には、映像と、音声が、あります。
 貴殿が、今、挑戦している方法は、ちょうど、音声と映像の中間
の伝達方法にも、似てます。密度を上げて言えば、自ら空に帰依し、
願わくば衆生と、ともに、大道を体解して、智慧海の如く、無上心を、
興さん。の境地の、ものだと、考えられます。
 所謂、梵語くす゛しの現代版だと、おもいます。素晴らしいものです。
 よくぞ、その、境地に、たどり着きましたね。


■20□□□□□□
時間空間を、、解放する、これでわかりました。空間も解放するんですね。たしかに映像にしか出来ない、、、。空間から解放された感じ」が空間を作っている建築屋からするとたまらなく魅力的なんですよね。
解放された感覚を目指せば目指す程、逆に空間を構成する質量を持った物質にとことんストレートに接し扱ってしまう。そのジレンマから映像に惹かれているのだと自覚してます。
 ただ、一方で「空間から解放されたい感覚」を目指さない方向も十分、魅力があるので、建築設計ではそちらを目指そうと考えてます。
 そういう意味での究極は今のところ映像だと思いますので、今回は沢山勉強させて頂きます。
 どう位置していれば良いのか迷ってます。

■25□□□□□□
プロジェクターから投影されるデジタル絵は、ゆっくりと移ろうよう
に映像が変化していく新しい映像文化です。夕日を眺めているときと同じ
で、じっと見ているとなかなか沈まないのに、しばらく歩いて振り返るともう
山の端に隠れている。「移ろうように変わる」のがコンセプト。プツプツ途切
れたデジタルの時空を、残像という視覚現象を橋渡しにアナログの世界に
限りなく近づけてきたのが「デジタル掛け軸」の移ろい絵です。眺めている
と心和み癒される時間的・空間的拘束から解放された記号的・現在的空間  
をご堪能ください。


■26□□□□□□
わかばです!デジタルカケジク、
日常生活の中にボボっっとあらわれたら
急にどこかに連れていかれるような…不思議な気分に襲われる…

時間の進むスピードがけたたましい東京に設置されるのと、
私の生まれ故郷のような、田舎に設置されるのと
全然また見え方が違ってくるのでしょうね

東京でも、新宿と渋谷と秋葉原とではまた全然違うと思うし・・

私の住んでいる大森は、コンクリートと排気ガスの街です。
時間を感じさせるものがありません…。
ときどき寂しそうな公園があらわれます。

デジタルカケジクがここにあったらどんなだろう…
ここにきた子どもは、老人は、オバチャンはどんなふうにこれを見るのかなぁ…
って想像しながら散歩するのも楽しそうですね!!

やはり「思索」する空間を広く提供することを目的とし、しかしながらその過程で
-D-Kを体験できるイベント(移ろう空間を広く認知させるフェーズ)
-常時体験できる空間の提供(移ろう空間を求めさせるフェーズ)
-個人用D-Kの広がり(個々で空間を作ろうとするフェーズ)
があると思います。

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